歴史じっくり紀行
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ユーチューバーの歴史じっくり紀行について
| 歴史関連の面白ろエピソードを、テキスト+ゆっくりキャラの実況解説動画です。 テーマとなるのは戦国時代の戦国武将が多く、明智光秀や織田信長等のメジャー戦国武将・大名から大久保忠世等のマイナーな家臣のコネタを紹介してくれています。 |
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もしも武田信繁が第4次川中島の戦いから生還していたら?
■ 動画の概要
永禄4年、川中島の激戦で散った武田信玄の同母弟・武田信繁。家臣から「典厩さま」と慕われ、敵方からも惜しまれた不世出の副将が生きていたら、武田家の運命はどう変わっていたのか。嫡男・義信の自害や長篠の悲劇は回避できたのか。一人の武将の「不在」が名門・武田氏にもたらした影響を、史実と独自の推論から徹底解説します。
■ 本編の深掘り解説
■ 武田信繁という男の器量
・父・信虎から後継に望まれながらも、兄・信玄を生涯支え抜いた忠義の士。
・のちの真田幸村(信繁)の名前の由来となるほど、後世の武士に尊敬された人物像。
・遺した「九十九ヶ条の家訓」は、江戸時代の武士のバイブルとなりました。
■ 歴史の分岐点「義信事件」
・信玄と嫡男・義信の対立。もし信繁が生きていれば、叔父として両者の仲裁に入り、武田家最大の「親子の亀裂」を防げた可能性があります。
■ 勝頼を支える「重石」としての存在
・勝頼が当主となった際、御一門衆筆頭の信繁が健在であれば、家臣団の離反や孤立を防ぎ、長篠での無謀な突撃を止める言葉の重みがあったはずです。
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■ 視聴者の皆様へ
武田信繁が生きていれば、勝頼はあそこまで孤独な戦いを強いられなかったのではないかと感じてしまいます。皆様は、信繁が存命であれば「長篠の戦い」の結果はどうなっていたと思われますか?ぜひコメント欄でご意見をお聞かせください。
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#武田信繁 #武田信玄 #武田勝頼 #川中島の戦い #戦国時代 #歴史のif -
「名君と呼ばれたのに晩年が悲惨だった」殿様ベスト5
■ 動画の概要
名君と称えられ、領国を富ませた男たちが、なぜこれほどまでに残酷な結末を迎えねばならなかったのか。西国将軍・池田輝政、土木の神様・加藤清正、そして関東の覇者・北条氏政。彼らが築いた栄華は、毒殺の疑念や凄惨なお家騒動、そして切腹という形で幕を閉じます。歴史の教科書には載らない、名将たちの「光と影」の物語。
■ 本編の深掘り解説
今回の動画では、功績を挙げながらも悲劇に飲まれた5人の殿様をご紹介します。
■ 第5位 池田輝政
・「西国将軍」と称され、姫路城を現代の姿に改修。
・死後、息子たちは早世、改易、さらには狂乱による殺人事件を起こし、一族は急速に衰退。
■ 第4位 加藤清正
・熊本の地で今なお「せいしょこさん」と慕われる治水の神。
・二条城での会見後に急死。毒殺説も囁かれる中、加藤家はわずか一代で改易の憂き目に。
■ 第3位 大友宗麟
・南蛮貿易で九州最大の勢力を誇るも、キリスト教への傾倒が家臣との溝を生む。
・耳川の戦いでの大敗後、かつての格下・秀吉に頭を下げる屈辱を味わう。
■ 第2位 細川忠興
・利休七哲の一人で教養人。しかしその気性は苛烈を極めた。
・妻ガラシャを死に追いやり、長男を追放。長寿ゆえに息子たちの死を見送る孤独な晩年。
■ 第1位 北条氏政
・「四公六民」の善政で関東に独自の独立国を築く。
・小田原城への過信が仇となり、切腹。首は京に晒され、名門・北条の直系は断絶した。
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■ 視聴者の皆様へ
今回ご紹介した5人の中で、あなたが最も「報われない」と感じた殿様は誰でしょうか。また、地元に伝わる名君の意外なエピソードなどがあれば、ぜひコメント欄で教えてください。
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「石高は少ないのに影響力が異常だった」小藩ベスト5
■ 動画の概要
江戸時代の格付けは「石高」こそが全て――。そんな常識を根底から覆す、異形の藩たちが存在しました。わずか5,000石でありながら「御所様」と仰がれる足利の末裔。米が一粒も獲れぬ「無高」の身で北方交易を独占した松前。そして、国書を偽造してまで日朝外交を繋ぎ止めた対馬。数字に表れない真の実力と、幕府をも黙らせたその「武器」の正体を徹底解説します。
■ 本編の深掘り解説
今回の動画では、石高と影響力の激しい落差を見せた5つの小藩の姿を追います。
■ 第5位 白河藩
・11万石の藩主・松平定信が老中首座として「寛政の改革」を主導。
・天明の大飢饉で領内から餓死者を一人も出さなかった実務能力が、天下を動かす原動力となりました。
■ 第4位 喜連川藩
・足利将軍家の末裔として、5,000石ながら10万石格の待遇。
・参勤交代免除、幕府の役務免除という、徳川が「源氏の正統」を示すために用意した極めて特殊な地位です。
■ 第3位 松前藩
・米が獲れないため石高はゼロ。しかしアイヌとの交易独占権により莫大な富を蓄積。
・「無高の大名」という特異な存在は、日本の北方防衛の要石となっていきました。
■ 第2位 高遠藩
・わずか3万石の保科正之が、4代将軍家綱の後見人として幕政の中枢へ。
・江戸城天守の再建を中止し、民の救済を優先した英断は、今も語り継がれる名君の象徴です。
■ 第1位 対馬藩
・実質無高でありながら、朝鮮外交の全権を260年間独占。
・国書偽造という大罪すら、外交の実務能力を前に幕府は黙認せざるを得ませんでした。
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■ 視聴者の皆様へ
今回登場した藩の中で、皆様が最も「強か(したたか)だ」と感じたのはどの藩でしょうか。また、お住まいの地域に伝わる、石高以上の存在感を放った殿様のエピソードがあれば、ぜひコメントで教えてください。
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争奪戦の舞台になった城ベスト5
■ 動画の概要
戦国の合戦とは、実のところ「城」をめぐる泥沼の攻防戦でした。上杉謙信の猛攻を10年も耐え抜いた関東の要塞から、織田信長が天下布武を掲げながらも七度の落城を経験した意外な名城まで。教科書には載らない、武将たちの意地と悲劇が刻まれた5つの城郭をランキング形式で詳しく解説します。
■ 本編の深掘り解説
■ 第5位:唐沢山城(栃木県)
上杉謙信と北条氏という二大巨頭に挟まれながら、降伏と寝返りを繰り返して生き残った佐野氏の知略。謙信をもってしても10年で9度失敗した、関東一の堅城の秘密に迫ります。
■ 第4位:鳥取城(鳥取県)
秀吉の「渇殺し(かつえごろし)」として語り継がれる凄惨な兵糧攻め。毛利船団の壊滅により、城内がどのような極限状態に陥ったのか、その実態を解説します。
■ 第3位:高屋城(大阪府)
安閑天皇陵という古墳の上に築かれた特異な城。100年の歴史で城主が30回以上も入れ替わった、畿内争乱の縮図とも言える激戦の歴史を紐解きます。
■ 第2位:高天神城(静岡県)
武田勝頼の「見殺し」が武田家滅亡の引き金となったのか。降伏すら許されず、全兵士が突撃して散っていった悲劇の背景にある、信長の冷徹な計算とは。
■ 第1位:岐阜城(岐阜県)
金華山の頂にそびえる威容とは裏腹に、なぜこの城は7回も落ちたのか。飲み水の確保すら困難だったという、軍事拠点としての致命的な弱点を指摘します。
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■ 視聴者の皆様へ
今回ご紹介した5つのお城の中で、皆様が実際に足を運んで「ここは守りやすそうだ(あるいは攻めにくそうだ)」と感じた場所はありますか?また、皆様が思う「日本一しぶとい城」があれば、ぜひコメント欄で教えてください。
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